Manfrotto(マンフロット)について

Manfrotto(以下、マンフロット)は、イタリアの北部に位置する Bassano del Grappa (バッサーノ・デル・グラッパ)にて、写真、映画、演劇、ライブエンターテインメント、ビデオのプロマーケット用の様々なサポート製品をデザイン、製造、 販売しています。当ブランドは、カメラ用三脚/雲台、ライティング用スタンドやアクセサリーなど広範囲に渡る製品ラインがあります。

マンフロットの製品は、マンフロットの販社 「Manfrotto Distribution(日本支社:マンフロット株式会社)」によって、中国、フランス、ドイツ、香港、イタリア、イギリス、アメリカ、オランダ、そして日本にて 販売されています。また、この他65ヵ国以上にて、独立系販社によって販売されています。
マンフロットとManfrotto Distributionのチームワークが、当該分野での発展を支えており、ワールドワイドでの販売ネットワークの強みを創出しつづけています。
これは、マンフロットグループが販売会社を持つことで、進化や刷新の第一線を保つのに欠かせない、市場やトレンド、その他の必要用件にダイレクトにアクセスできるからです。

マンフロットの伝統として、絶え間なく、製品群や生産ニーズや消費者トレンドの評価を行うとともに、最新の技術に継続的に投資しています。当ポリシーによって、どの段階においても高い品質を保ち、他者が従うスタンダードともいえるものを打ち立てています。

マンフロットの製品は、Manfrotto Supports とManfrotto Bagsで製造されています。


沿 革

始まり60年代の終わり、 Lino Manfrottoは、イタリア バッサーノ・デル・グラッパで、Il GazzettinoとIl Giornale di Vicenzaのカメラ記者をしながら、工業・広告写真も手がけていました。当時のスタジオ機材は非常に扱いにくく、且つ重かったので、プロとしての作業 効率を落としてしまうものでした。その当時も、スタジオフラッシュユニットやクオーツ照明などは多くの種類が販売されていましたが、スタンド、ブーム、ク ランプなどといった、今では基本的な撮影用品は全く無視されていました。

そこで、Lino Manfrottoは協力を得ながら、プロとしての使用に足る、長さが十分あるライトや頑丈なクランプ用スタンドなどの製品を開発しました。しかし、その 後数年は知り合いの写真家のために、そういった製品を数個作成するのみでした。
その後、Lino Manfrottoは、スイスの販売店から初めて大口注文を受け、自分の制作した製品を世界販売することを決心することとなりました。
彼のガレー ジは、製作作業場へと変貌し、初期のブーム、伸縮性のロッド、スタンドなどが作られることとなりました。しかし、すぐにそれだけのキャパでは、顧客の注文 に応えられなくなってしまったのです。

70年代

1972年、Lino Manfrottoは、イタリア Bassanoの機械会社に勤める Gilberto Battocchioという技術者に出会いました。ビジネスと製品のアイデアを持った人物と、技術を備えた人物が出会った運命の瞬間です。この出会いか ら、Lino Manfrottoが必要としていた製品ソリューションが、3次元で実現されたのです。2人の素晴らしいチームワークで、わずか数年のうちに世界でも有数 の企業へと発展しました。

1974年、Manfrotto社初の三脚が発売されました。軽量で万能なManfrotto社の三脚とスタンドは、革新的でもあり、全ての市場で 大きな成功を収めました。
以 降、スーパーブーム、オートポール®やスーパークランプ®などの製品は、世界中の撮影スタジオに欠かせないものとなっ ています。競合品が現れなかったのか、と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。模倣されたり、類似品を作られたりすることはありましたが、 Manfrottoのイノベーション、品質、西欧、サービスに比肩し得るものはありませんでした。


80年代
Lino Manfrottoが築いたManfrottoグループは成長し、1986年には、既にBassanoに6つ持っていたのですが、 フェルトレの産業地帯であるVillapaieraへも進出し、2年間で5つの工場を新たに建設しました。

1987/88 年には、アベンジャー(Avenger)ブランドが創設され、製造を開始しました。写真/シネマ業界のニーズに応えてのことでした。製品の品質はこのカテ ゴリーにおいて、極限状態での使用や高荷重の製品を搭載してのタフな環境下での使用もできるという、折紙つきのものとなりました。、

高い技術力を持つ従業員、革新的で高品質の製品、世界で認められる強いブランド力とともに、140ヵ国にわたる広い販売網で世界中の投資家の関心を 集めました。
1989年、ロンドン証券取引所に上場する放送業界の企業で、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスに子会社を持つイギリスの多国籍企業 Vitecグループ(Vitec Group plc)がLino Manfrottoの全株を取得しました。
同時期、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスの支社と共に、ブロードキャスティングセクターを稼働させました。


90年代
1992年、プロの写真撮影用の三脚や雲台の分野で大手のフランスの企業、Gitzoを買収しました。

1993年、アメリカの写真用品の大手販売業者 Bogenを買収しました。

2000年から2010年

2004年、販売会社 Bogen Imaging GmbHがドイツで設立されました。

2005年、ビデオカメラバッグのリーディングメーカー、イスラエルのKATAを取得。同年、ナショナルジオグラフィックバッグの販売ライセンスを与えられました。

2006年、新たに2つの販売会社、日本とイギリスがボーゲンイメージング販売網に加わりました。

2010年、ドイツ、フランス、イタリア、イギリス、日本、アメリカにあったボーゲンイメージングは、名称を変えManfrotto Distribution(日本では、マンフロット株式会社)になりました。
同年、上海と香港を拠点とする、2つのManfrotto Distributionの販売会社が創設されました。

2011年、グループは、フォト/ビデオ業界用の背景用品とライティングコントロール製品のリーディングカンパニー ラストライト(Lastolite)ブランドを取得しました。
ラストライトは、カロラマ(Colorama)ブランドの背景用品のディストリビューターにもなりました。

2016年、新しいManfrotto Distributionの拠点がオランダで立ち上がり、マンフロット全商品の直販体制をさらに強化しています。


現在、そして未来

近年、デジタル技術の出現で、写真/ビデオ業界は、大きく変わり、非常にたくさんの撮影ファンを生み出しています。マンフロットは、このトレンドを 捉え、世界中のフォトグラファーやビデオグラファーのための新しいソリューションを浸透させるべく、自らの経験を活用しています。

2010年、マンフロットブランドが進化を遂げました。ホビイストやプロフェッショナルの中核層から、「ソーシャルレコーダー」と位置付ける、新し く写真撮影を楽しむ人々 -スマートフォンや小型カメラで撮影や創造を楽しむ人々まで、ユーザー層を広げました。「ソーシャルレコーダー」の写真やビデオは、ソーシャルネットワー クという新興のバーチャルな出会いの場で、共有のキーとなるものとして存在します。著名な広告会社と共に、マンフロットは、「Moven professional(プロの専門家)」というコアから、「Imagine More」という、より想像をかきたてる唯一無二のブランドプロミスを掲げるブランドとなりました。マンフロットは、パワーブランドになる旅をスタートさ せたのです。

「Manfrotto Imagine More」は、テクニカルな能力のレベルが何であれ、イマジネーション(想像力)を表現し探究することにおいて、イメージング関連のクリエイティブなコ ミュニティに役立つというミッションを表します。このミッションは、マンフロットをLEDライト機材や iPhone®写真撮影のアクセサリー、新しい動画撮影のソリューション、新しいバッグや機材のソリューションに導いています。これらのソリューション は、世界中の写真/動画撮影愛好者やプロフェッショナル - 彼らのスキルやギア、彼らの撮影ミッションが何であるかに関わらず、の役に立っています。